「パワハラ」かどうかの判断の問題

2023年11月10日

パワハラかどうか知りたい、というご相談をよくお受けしますが、このご相談にお応えするうえで考えなければならない「二つの大きな課題」があります。

一つは、パワハラの定義の問題です。もう一つは、相談された方がパワハラではないかと考える問題を、どのように解決したいのか、というご意向です。

パワハラの定義の問題

おそらく「パワハラかどうか」とお聞きになりたい方は、専門的な判断基準があって、それに照らして客観的な判断をしてほしい、というご希望を持ちのようです。労働施策総合推進法30条の2、いわゆるパワハラ防止法では、1.優越的関係の基づく、2.業務上必要かつ相当なな範囲を超えた言動により、3.労働者の就業環境を害すること、身体的精神的苦痛を与えること、とする定義が規定されています。

会社による恣意的な判断への制約

その結果、この定義に該当する言動については、パワハラとして「許されないもの」と規定されていますので、パワハラと判断される言動を止めさせなければならない義務が事業主、つまり会社側に課されることになります。ここではもはや、会社としてのパワハラ防止規程等に規定するパワハラの定義や、その判断を会社が恣意的に行うことができる余地は無くなった、と考えられます。つまり、これまでパワハラトラブルの幕引きを図る常套手段として会社が用いてきた、「事実は認めるが、会社としてパワハラがあったとは判断しない」などと言う理屈が通用する射程範囲は、無条件で許容されるものではなくなったと言えるかと思います。

法律規定として「許されない」ものとされるパワハラに該当する言動は、直接的には行政の解決制度を通じて、会社側に対して事態の改善を強く求めるものになると思われます。在職中のパワハラの解決は、労働局の助言指導が活用されるケースが多いと思われますが、セクハラと同様に「調停」という解決制度が加わり、会社による独自のパワハラに対する理屈や判断が入り込む余地はなく、パワハラの判断について、外堀が埋められたと言っても良いと思います。

パワハラ防止法は、会社に適切な対応を義務付けるもの

ですが、このいわゆるパワハラ防止規定は、パワハラの相談を会社が受けた場合には、きちんと対応しなさい、というものであって、パワハラ行為を直接禁止するものでも、パワハラ加害者に対する処分を義務付けるものでもありません。

例えば、パワハラをする上司を処分してほしい、という意向をお持ちであれば、これは会社の人事措置に関する問題ですから、会社の就業規則に規定されているパワハラの定義に問題行為が該当している必要があります。

また、何からの経済的な補償を求めたい、という意向をお持ちであれば、その「パワハラ」行為によって、どのような具体的な損害が発生しているのか、という事実を主張できなければなりません。言い方を変えれば、民法上の不法行為や債務不履行に該当するかどうか、という問題です。しかし、繰り返しになりますが、慰謝料を請求することと、問題の解決がイコールかどうかは、全く別の問題であるということを念頭に置かなければなりません。

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問題をどのように解決したいのか、という問題

漠然とパワハラかどうかを確認したいと思っている方でも、それがパワハラである、と判断された場合、その問題を解決のためのよりどころとしたいと考えるのではないでしょうか。この場合に、問題解決のプロセスで、安易に「パワハラ」という言葉を使うと、解決する問題も、問題が逆にこじれて解決しなくなることもあります。

パワハラという言葉は、とてもインパクトがあり、もっと言えば、当事者間を感情的にさせる効果があります。話し合いによる平穏な解決を目指す場合には、極めて慎重に使わなければならないキーワードです。

パワハラという言葉の副作用

例えば、労働者が会社に対して、パワハラに対する改善措置を求めたとしても、このときに、「パワハラ」という言葉を使った段階で、会社からは当然に拒絶反応が現れます。会社はパワハラの存在を認めたくありません。それは「パワハラ」という言葉を、会社による不法行為責任を問うもの、その結果として慰謝料請求を伴うものとして受け止められているからです。

しかし、パワハラ防止規定の趣旨に対する理解が進めば、もっと容易にパワハラの問題解決が可能になるという希望的観測も成り立つのではないでしょうか。つまりパワハラは、認められないものであり、即やめさせなければならないものである、と同時に一方で、パワハラの存在が即慰謝料請求に結びつくものではない、という理解が進めば、会社のパワハラの存在を認めるハードルが下がるとも考えられ、パワハラの問題解決は大きく前進すると感じます。

「パワハラ」という言葉をどう使うのか、という問題

パワハラの定義が確定し、その問題解決も明確になることは、同時に問題の本質がパワハラなのか、問題の核心は別のところにあるのか、明確に意識しなければならない状況になると思われます。これまでのように、何でもパワハラと指摘をして、事態の打開を図るプロセスでは、解決できない問題がより多く出てくるのではないでしょうか。問題の核心はパワハラなのか、そうではないのか、何が問題なのか、とより明確に意識することが大切になってくると思われます。

【参考コラム】「パワハラ」という言葉の正しい使い方

パワハラは、典型的には上司から部下に対するいじめ嫌がらせ行為ですが、この行為がパワハラであると指摘し、解決を求めたことに対して、会社は、その解決要請、相談にきちんと応じなければならない義務が発生します。これは労働施策総合推進法30条の2が規定するいわゆるパワハラ防止法の義務規定であり、実はこのパワハラ相談に対して問題解決に向けた対応をすることを事業主、つまり会社に義務を課しているものです。ですので、パワハラの相談をして会社が応じなかったとすれば、これはパワハラ防止法違反、ということになります。

ちなみに、裁判例等でパワハラを認める認めない云々というくだりをご覧になる機会もあるかと思いますが、これはパワハラ防止法上のパワハラの定義に該当する行為に該当するかどうかについての見解を述べたもので、その判断自体が損害賠償請求を求める民事裁判で直接何らかの効果を持つものではありません。その行為が「不法行為」に該当すれば、損害賠償請求が認められることになります。つまり訴訟等でパワハラを主張することは、不法行為の存在確認を求めることにほかならない、ということになります。

パワハラに該当する言動を会社は止めさせる義務がある

上記の繰り返しになりますが、パワハラ防止規定に該当すれば、行政による解決制度の活用によって解決を図ることができる可能性があります。

また、パワハラ防止規程などでパワハラの定義を独自に行っている場合には、その定義に該当すればパワハラであるということができるわけです。しかしここでパワハラと判断できたこともをもって何らかの要求 ができるわけではなく、その規程によって何らかの処分が定められている場合には、所定の手続に従って、「会社が」パワハラ行為者に対して何らかの処分をする可能性もあるでしょう。

また、会社がパワハラに対する防止措置に関する指針などに沿った対応を取っていないような場合には、その指針を根拠に、会社に対して適切な対応を取るよう求めることは可能と考えられます。

「パワハラ」を主張することは、慰謝料請求をすることと同じ!?

こうした場合、これまでの会社側の返答は、たいてい「調査の結果、パワハラは無かった」というものです。この段階でパワハラがあったとか、パワハラが無かったなどの議論をすること は、何の問題解決にも結び付かないだけでなく、不毛な議論の末に、トラブルを感情的にさせるだけです。問題の事実関係を客観的具体的に指摘し、それに対する解決を求めることでスムーズな解決に結びつく場合でも、その問題がパワハラかどうか、という議論になったとたんに話し合いが決裂することもあります。問題が解決のための話し合いなどの俎上にのった段階では、パワハラという言葉は、もはや不要、というより、かえって邪魔な存在にもなりかねないものでした。

一方で、なぜ会社はパワハラを認めたがらないのか、それは「パワハラ」を認めることは、民法の利益侵害行為である不法行為を認めたことになり、それにセットで伴う慰謝料請求も認めざるを得なくなる、と考えるからです。つまり、最終的には訴訟によってパワハラの有無=不法行為の有無を判断と、それに伴う、慰謝料請求の可否が問題となるものだからです。弁護士が「パワハラ」という言葉を使う場合は、まさにそういうことなのです。

いずれにしても、問題を解決するのは、具体的な解決行動であって、パワハラかどうかの判断を、問題の解決にどう使うのか、という視点が不可欠です。

「パワハラ」は職場の不満を表現するシンボル

現状では、パワハラという言葉に託して、仕事上の不満を表現することができる、という意味が大きいように感じます。つまり問題提議のきっかけとし ての役割が大きいのではないでしょうか。パワハラの有無云々よりも、パワハラという言葉を有効に活用して、直面する問題を解決できれば、それに越したこと はないのです。

ですが、くどい様ですが、パワハラという言葉は、両刃の剣であることも念頭に置いておくことが大切です。

ただし、会社にとっては深刻な意味がある

一方で、会社の視点から、このパワハラという言葉を考えた場合には、労務リスク管理としてとても重要な意味があります。法的な解決のプロセスでは、上記の とおりですが、それ以上に社会的な影響が大きいことです。近年盛んに耳にする「ブラック企業」という文言も、これも法的な意味というよりは、劣悪な環境下で仕事をさせる会社というイメージによる社会的なダメージが大きいのと同様、会社にとって、ひどいパワハラがあったなどのイメージが先行すれば、やはり社会的なダメージは避けられません。

そして恐ろしいことは、そうしたイメージが一旦広まれば、それを払しょくするのは容易ではないことです。それはマスコミ を賑わす身近な企業についてお考えになれば、すぐに想像がつくと思います。いかに些細なパワハラ申告や相談といえども、会社はそれに丁寧に対応すること が、こうした意味でも重要です。

具体的なご相談は、「パワハラ相談窓口」からご相談メールをお送りください。

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Posted by kappa