「パワハラ」かどうかの判断の問題

パワハラかどうか知りたい、というご相談をよくお受けしますが、このご相談にお応えするうえで考えなければならない「二つの大きな課題」があります。

一つは、パワハラの定義の問題です。もう一つは、相談された方がパワハラではないかと考える問題を、どのように解決したいのか、という意向です。

パワハラの定義の問題

おそらく「パワハラかどうか」とお聞きになりたい方は、専門的な判断基準があって、それに照らして客観的な判断をしてほしい、というご希望を持ちのようですが、残念ながら、そのような客観的な判断基準は、誤解を恐れずに言えば、「無い」のです。もっと言えば、問題の所在と解決の方向性によって、判断のよりどころが異なってくる、とも言えます。

例えば、パワハラをする上司を処分してほしい、という意向をお持ちであれば、会社の就業規則に規定されているパワハラの定義に問題行為が該当している必要があります。

また、何からの経済的な補償を求めたい、という意向をお持ちであれば、その「パワハラ」行為によって、どのような具体的な損害が発生しているのか、という事実を主張できなければなりません。言い方を変えれば、民法上の不法行為や債務不履行に該当するかどうか、という問題です。しかし、繰り返しになりますが、慰謝料を請求することと、問題の解決がイコールかどうかは、全く別の問題であるということを念頭に置かなければなりません。

問題どのように解決したいのか、という問題

漠然とパワハラかどうかを確認したいと思っている方でも、それがパワハラである、と何らかの基準や根拠によって判断された場合、その問題を解決のためのよりどころとしたいと考えるのではないでしょうか。

この場合に、問題解決のプロセスで、安易に「パワハラ」という言葉を使うと、解決する問題も、問題が逆にこじれて解決しなくなることもあります。

パワハラという言葉は、とてもインパクトがあり、もっと言えば、当事者間を感情的にさせる効果があります。話し合いによる平穏な解決を目指す場合には、極めて慎重に使わなければならないキーワードです。

例えば、労働者が会社に対して、パワハラに対する改善措置を求めたとしても、このときに、「パワハラ」という言葉を使った段階で、会社からは当然に拒絶反応が現れます。会社はパワハラの存在を認めたくありません。それは「パワハラ」という言葉を、会社による不法行為責任を問うもの、その結果として慰謝料請求を伴うものとして受け止められているからです。

仮に労働者の指摘する問題行為の事実を会社が認めていたとしても、それがパワハラであるとは言いたくありません。ここでパワハラがあった、なかった、という袋小路に陥れば、解決する問題も解決しなくなります。会社と争って慰謝料請求を勝ち取りたい、とお考えであれば格別、話し合いで解決をする上では障害になる無用の確執を生むような「パワハラ」という文言を、解決のプロセスで使うことは避けるべきと考えます。

逆に、会社や上司が、問題の行為について、全く関心を持たず、解決の糸口すら見当たらないような状況では、あえて「パワハラ」という言葉を使って注意を喚起することも、一つの方法としては考えられますが、「パワハラ」という言葉は、いわば劇薬キーワードである、ということを十分に認識しておくことが大切でしょう。。

「パワハラ」という言葉をどう使うのか、という問題

つまるところ、それがパワハラかどうか、という判断は、極めて相対的であり、一方で、一つの表現に過ぎないとも言えます。大切なことは、この「パワハラ」というインパクトのある言葉を、どのように使って、効果的に問題を解決するか、という問題なのです。