仕事外し

仕事外しは典型的なパワハラと言ってもいいものです。会社が特定の従業員を排除することを目的に、閑職に追いやるもので、その態様は様々です。これまで担ってきた重要な仕事の担当から外すとか、ただ単に業務上の指示を全く与えない場合、無視もその範疇に入る可能性もありますが、典型的には、通常の職場とは隔離されたスペースで、一日中やることが無い、あるいは業務と無関係の単純作業の繰り返しを命じられる、といったものでしょう。いずれにしても問題の解決には法的な判断と支援が必要となる状況かと思います。

単に業務上の指示を与えないような場合であれば、その上司一個人の感情的な理由ということも考えられます。また、隔離部屋についても、その事業場の責任者の裁量で行われている可能性もあります。そうした場合には、社内的な解決の余地が残されています。

こうした仕事外しとは少し異なりますが、研修への参加という場合もあります。研修という大義面分の下で、無理難題を突き付けられたり、耐えがたい屈辱を与えられたりするもので、退職勧奨を意図した陰湿な嫌がらせです。ここで多少頑張っても、良い評価が与えられるという期待はまったく持てません。そもそもの目的が退職勧奨だからです。ここで耐えた場合には、更に過酷な状況に追い込まれる可能性が高いでしょう。

いずれにしても、事実関係を裏付けることができる資料などをしっかりと整理して、不当性を主張していくことが必要です。

これまでの担当業務を外された場合

例えばこれまで専門性が要求されるような重要なプロジェクトなどに関わっていたのに、ある時期を境に、単純な事務作業とか、全く畑違いの部署に異動させられたような場合には、それがあなたを閑職に追いやるようなものである場合には、仕事外しの問題として考えらえる余地がありますが、職種や勤務地の異動という意味合いが濃い場合には、配置転換の問題として考える必要があるでしょう。もっとも仕事外しも配置転換には変わりない訳ですが、配置転換と言っても、明らかの合理性のない、あなたを退職に追い込むことを目的として行われる嫌がらせ配置転換のうち、実質的な仕事が与えられないような場合がそれにあたります。

あからさまな仕事外しとまでは言えなくても、配置転換に合理性が無い、業務上の必要性が感じられないような場合であれば、配転命令の是非が問題となります。

また、教育関係の職場である嫌がらせでは、担当科目を減らされたり、自分が専門とする科目から外され、あるいは授業など担当そのものから外されるようなケースも仕事外しと考えられる場合もあるでしょう。また当初の契約と大幅に少ない本数しかコマに入れないような場合は、「シフトを減らされた」という問題と同様に考えることができます。

業務連絡がない

通常業務に関する指示は上司から発せられるものですが、そうした指示がある一時期を境に、全くなくなってしまった、というケースもあります。そのきっかけとなる何らかの事実、例えば、その上司に対する批判をさらに上の上長に話したとか、問題を指摘した、あるいは会議などで上司の方針の誤りを指摘したなど、その上司の感情に触れるようなことがあったとすれば、その上司による全く感情的な対応である可能性があります。

こうした場合、上司の感情的なわだかまりが解ければ、問題は解決するのですが、そのためには、出来るだけ早い段階での解決行動が重要でしょう。

あるいは、そうした批判を公然とするような社員はなんとかしなければならないなどの指示が、その上司にあったのかもしれませんが、いずれにしても、業務に関する連絡をしないという対応はあまりに大人げないものですが、そうした対応をしないよう求めるほかありません。

上記のような批判などが、礼に失するようなものであった場合には、その対応については反省の意を示すことも大切かと思います。しかしだからといって業務連絡をしなくても良い訳がありません。別の問題として、はっきりと分けて対応することが肝要かと思います。

メールでの連絡はトラブルになりやすい

業務上のやり取りは、すべてメールやラインを使っているといったケースでは、それらは文字だけの一方的な意思伝達のツールであるため、こうしたトラブルを起こしやすい傾向があります。面と向かっての無視は出来なくても、メールやラインでは、かなり大胆な嫌がらせを平然と行う上司もいます。相手の顔が見えないために、自分の考えや感情だけが暴走してしまいやすいからです。

メールでのやり取りは、あくまでも業務上の確認事項をシンプルに伝えることのみに限定することが大切で、そこに感情を入れてしまうと、あらぬ誤解を招き、取り返しのつかないトラブルになってしまうこともあります。