職場の常識は社会の非常識!?

「そんなことは常識だろ」などと上司や同僚などから言われたことは、誰であるはずです。その常識とは何か、この「常識」という言葉に縛られて、問題を問題と認識できずに問題解決の一歩が踏み出せないことが、実はかなりあるように感じます。

「お詫びに持って行く菓子折りは、△△堂のカステラに決まってる。そんなの常識だろ」などと叱責されたとしても、これは常識ではなく、上司の理由の無いこだわり以外の何物でもありません。もちろんこの会社が△△堂であれば、そうした慣習があったとしてもおかしくはないでしょう。むしろ、自社が菓子製造会社でありながら他社の菓子折りを持って行く方が不自然でしょう。そうしたレアケースはともかく、「そんなことは常識だ」と言われれれば、大抵の方は、自分の非常識を恥じて、黙ってしまいそうですが、そもそもその常識とは何か、「常識」という言葉は不可解です。

「常識」とは、理由の説明ができないもの

ダメなものはダメ、でもその理由が上手く説明ができない。特に子供相手に屁理屈をこねられれば、これはもう理屈ではないのですが、これが職場の場合、果たしてどうか。一般的なマナーや慣習であればともかく、職場の中での暗黙のルールやしきたりは、その職場の中でのみ「常識」として認められるものであって、一旦その会社から一歩外に出ると、その「常識」は「非常識」になるものがしばしまあります。ところが、職場に居る時間が長く、またそうした「常識」のもとで行動しているクセが、職場外でも無意識のうちに影響されていたとしても無理はありません。そのには職場の常識が一般社会での常識とは違うのだ、という意識などは全くありません。上司は業務上の管理責任という範囲に限って業務上の権限と責任を負うのみであるにもかかわらず、業務とは関係の無いものについても、上司が影響力を持つのはその表れです。その錯覚に気付かないことがトラブルの原因になります。

しかしこうした状況がエスカレートすると、職場の常識が社会の常識であり、絶対の覆すことができない不文律であるかのような錯覚に陥ることがしばしばあります。上司に対するお中元、お歳暮を贈らなかったら、人事考課で最低を付けられた、という相談を人事部長にすると「それは常識だろ」と贈り物をしなかった自分に原因があるかのように言われた、などはその典型で、こんな「常識」が法的に認められる訳がありません。

ミスをしたら殴られる、罰金を取られる、昼食は部下が上司の分も用意する、上司に奢るのは当たり前で、無心する上司に対しておかしいと思うが断り切れないといったご相談や、いまだに職場でのお茶くみや宴席でのお酌を女性スタッフに求める上司もあるようで、中には、女性としてのたしなみ、おもてなしであり、こまやかな心遣いであるなどのご丁寧な説明まで加えて、一般社会の常識であるがごとく言われてしまい、何も言えない、というご相談もあります。こうしたご相談を頂くときに、まさに職場の「常識」の呪縛にとらわれてしまって、会社組織まで、もはや正しい判断ができなくなってしまっていることの恐ろしさを痛感します。

そうした「常識」の中で日々の業務に従事していると、自分以外の社員はみんなその常識に従って行動しているのに、それをおかしいと思う気持ちは、自分だけが非常識だからなのか、という気持ちになります。おかしいと思っても、おかしいと思うことがおかしいのか、自分自身でも判断ができなくなっている自分に気が付きます。

第三者に気づかせてもらうことが必要

会社の中では、そうした「常識」の呪縛がある組織であればあるほど、同僚さえ本音を言わなくなっています。ご自分一人で抱え込まずに、会社外部の第三者に話を聞いてもらうことで、冷静な判断が可能になります。まずは身近なところから、ご家族でも、お友達でもいいと思います。職場の常識は、職場の数だけあります。転職したら、前職の慣習について、大笑いされたとか、あるいは、「それってセクハラじゃないの」などと指摘されたりしたとしても、全く不思議なことではありません。

職場は一般社会から隔離された別世界?

それほど会社という組織は、閉鎖的な環境を作り出しやすい傾向があります。ある会社組織で長年勤めあげた人の特徴は、やはりその会社での慣習によって、相当多くの面で影響を受けていると感じることは、日常よくあることではないでしょうか。そのくらい影響力のある、特別な世界と言えると思います。会社は、一般社会から隔離された別世界である、とまでは言いませんが、少なくとも問題に直面して混乱した気持ちを、職場は特別な場所、と思うことで、少しでも冷静に状況を把握することができれば、と思います。