同僚からの嫌がらせはパワハラになるか

労働施策総合推進法(以下「労推法」)30条の2、いわゆるパワハラ防止法でパワハラの定義が明記されたことと関連して、指針に公表されたパワハラの具体例から、その判断基準が明確になったことで、その内容に合致する嫌がらせについては、被害者が自信を持ってパワハラを指摘し、解決を求める大きな手助けになっていることは確かかと思います。

ですが一方で、パワハラの定義が規定されたことで、明らかないじめ嫌がらせであっても、パワハラの範疇から外れるものがでてきました。同僚からの嫌がらせもその一つです。

労推法30条の2では、パワハラの定義として、

「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動」

と規定し、その「優越的な関係を背景とした」言動について、同条の指針では、

当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの

と規定し、その具体的な内容の「例」として

・職務上の地位が上位の者による言動
・同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

と書かれています。ということは、同僚からのいじめ嫌がらせがパワハラになるのは、

同僚に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い場合

という要件があり、その例として、

業務上必要な知識や豊富な経験を有していて、その同僚の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難である

あるいは、

同僚ら複数の、集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難である

という二つが挙げられています。

おそらくこの例の具体的な状況は、前者は、パソコン操作に疎い上司が部下からいじめられるケースであり、後者は、特定のパートスタッフがが排他的なグループを作り、新しいスタッフをいじめるケース、でしょう。

ハマちゃんのやりたい放題はパワハラになるか?

この二つの例に付け加えるとすれば、以下は私見ですが、例えば、同僚が経営者や特定の役員と特別な関係にある場合も当然そうなると思います。特別な関係とは、同じ大学のOB、OGであるとか、あるいは、釣りバカ日誌のハマちゃんも、優越的な関係を背景にしている、と言えると思います。もしハマちゃんがスーさんを引き合いに出して、やりたい放題の嫌がらせがある場合には、パワハラになる、ということです。

ですが、ハマちゃんはスーさんを引き合いに出さずに、むしろ内緒にしながら、やりたい放題で職場を混乱させているので、こうした行為が嫌がらせと思われるものが含まれるとしても、パワハラには該当しないと考えられます。

ですが、もしある同僚がハマちゃんとスーさんの関係を知ってしまい、ハマちゃんが繰り出すやりたい放題に対して、その後ろにちらつく社長の陰のために、応じざる得ない状況、黙認せざるを得ない状況であるとすれば、ハマちゃんのやりたい放題の同僚への嫌がらせはパワハラ、ということになります。

同僚の言動がパワハラになる条件

ということは、職場で言動が乱暴な同僚がいた場合、その粗暴な言動はパワハラになるのか、については、その同僚が優越的な関係を背景にしているかどうか、指針によれば、「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」という背景があるかどうかが問題になります。

「例」によれば、まず、この同僚が高い能力を有していて、業務上の協力が欠かせない、という事情があるかどうか、次に、この同僚がグループを作っていて、仮にその仲間が行動を共にしていなかったとしても、排他的なグループの一員であれば同様と考えられるかと思います。

パワハラという言葉が事態を深刻にすることも…

以上、同僚からのいじめ嫌がらせがパワハラに該当するのかどうかについて考えてきましたが、上記のように考えれば、おそらくはパワハラに該当しないケースが多いのではないかと思います。そうしますと、同僚からのいじめ嫌がらせを、パワハラとして会社に解決を求めた場合、これはパワハラには該当しません、という回答が返ってくる可能性が高いということになるのではないでしょうか。

同僚から日常的に「死ね」「アホ」「お前なんか小学生以下だ」「臭い」「汚い」「ゴミ」などと言われ続けていたことをパワハラとして解決を求めても、その同僚の言動は、優越的な関係を背景としていないからパワハラではない、という会社の判断で、解決行動がとん挫する可能性もあります。その場合、この問題の同僚は、自分の言動について会社がお墨付きを与えたかのように解釈し、更に嫌がらせがエスカレートすることも考えられます。

話は少し外れますが、パワハラの判断の効果は、懲戒処分該当性の判断以外に、今のところ法的な意味は無いと思われますから、会社がパワハラの判断をする場合には、懲戒処分をするかどうかの判断をしていることとイコールであると考えることができます。そのため、上記のようなケースでも、労推法30条の2や指針の定義規定にとらわれず、就業規則の懲戒規程などを根拠にパワハラであると判断して処分を決定することもあるかと思います。それはさておき、

パワハラの判断が問題を解決するのではない

ここで考えなければならないことは、問題の解決とは何か、ということです。いじめ嫌がらせが問題であることに議論の余地はありません。ですが、これをパワハラであると指摘して解決を図る場合には、パワハラかどうかの判断という余計なフィルターを通す必要があること、そのフィルターによって、同僚からの暴力がパワハラではないと判断される余地があること、その結果、パワハラではないと判断されたことから、暴力が放置されることになりかねない可能性がある、ということです。

いじめ嫌がらせの問題解決は、いじめ嫌がらせを無くすことであって、パワハラかどうかの判断が問題を解決するものではない、という点は、強調してもし足りない、とご相談をお受けするなかで、日々痛感するところです。パワハラという言葉を使った段階で、パワハラという概念が独り歩きを始め、問題がパワハラかどうかの議論に終始します。こうした光景は典型的です。パワハラという言葉に、問題解決自体が翻弄されてしまうのです。

そのような訳で、私は常々、いじめ嫌がらせの問題解決には、パワハラという言葉を使うべきではない、と思っています。パワハラという言葉を使う場合は、問題解決のプロセスを見据えたときに、あえてパワハラという言葉を使って、事態の重大さを強調するためなど、問題解決のために、パワハラという言葉を、一つの解決ツールとして戦略的に活用する場合に留めておくことが賢明かと思います。