抽象的な言葉は悪魔のささやき(その2)
前回のコラム「抽象的な言葉を悪魔のささやき」は労働者側、部下が受けるものという視点でお書きしましたが、今回は上司側、管理職が受けるもの、という視点になっています。
「あなたの言動をパワハラだ、という声がある」
「ど、どういうことでしょうか」
「申告者本人からは、明確な指摘はないが、パワハラと感じている、と言っているんだけれど…」
「それは誰でしょうか」
「本人の希望もあり、それは言えない」
「…誰だろう…?」
「心当たりはないの?」
「それは…立場上いろいろな指示をしたり、注意をしたりすることは当然ありますが…」
「パワハラと指摘されるような覚えは無い、と…」
「全くないか、と言われれば…」
「部下を持つ管理職になれば、パワハラ加害者にされかねないリスクは常に付きまとう。それは私も同じだ」
「…」
「いま私が、あなたに対して、パワハラと言われるような言動はないか、と質問していることを、パワハラだ、と指摘することもできる」
「そんなことは…」
「まあ、何でもパワハラと言いたい部下にとっては、何でもパワハラになる、という一つの例だ」
「はぁ…」
「人事としても、パワハラを指摘されれば、無視するわけにはいかない」
「それは、理解しています」
「申告者に、具体的に何をパワハラだと感じたのか、と聞いても、あなたの態度が横柄だ、威圧的だ、とか、指示や注意がいじめられているように感じる、と…」
「いじめられている…!?」
「でも、そう感じる具体的な言動については、何もでてこない」
「具体的な内容も聞いたんですか?」
「もちろん。だが、何も出て来ない。不満そうに何かブツブツ言っていたが…結局何も無いんだろう」
「そうでしたか…」
「気に入らないことがあるときに、正面から盾突くような部下なら、また分かり易いが、最近は正面から文句を言うのではなく、パワハラだ、いじめられている、嫌がらせだ、と来るから始末が悪い」
「それでは、何もわかりませんし…」
「不平不満があるなら、はっきりそう言えばいい。ところが、パワハラなどというオールマイティーな言葉を使う。だから解決できる問題も解決しないし、あなただって気分が悪い」
「ええ、その通りです」
「まぁ、気にしないことだ」
「それでいいんでしょうか?」
「本人が具体的な事実も指摘せず、ただパワハラだ、などと言うだけでは、対応のしようがない。本人も、ただ言いたいだけで、具体的な問題解決など、何も考えていない。心配するな」
「はい…」
「ただ、あなたの部下の中には、不平不満をむやみにパワハラと言いたがる者がいる、ということは、しっかり認識しておいたほうが良い」
「心得ておきます」
「一応、あなたの部署の壁に、パワハラ防止のポスターだけは掲げておく」
「えっ…」
「気を悪くするな。これは全社に向けたメッセージであって、あなたに対するものではない」
「ですが…」
「パワハラを指摘されれば、無視するわけにはいかない、それをあなたも理解していると言ったばかりだろう」
「…」
「一般的なポスターだ。だが、一つくぎを刺してある」
「クギ、ですか…?」
「うむ。不当な意図を持ったパワハラ申告を許容するものではない、という一文を付け加えてある」
「なるほど…」
「これで今回の対応は終了としたいと思うが、どうだろうか」
「承知いたしました」
とは返答したものの、身に覚えのないパワハラ加害者申告をされ、そして人事から、パワハラ加害者として聞き取りをされたことに、釈然としない思いは、胸やけのようにいつまでもムカムカとする。申告者を暴き出して懲らしめてやる、という思いと、そんなことをすれば本当にパワハラ上司になる、という気持ちの葛藤が続きます。
部下を持つ管理職になれば、常にこのようなリスクを抱えることになります。いくら自分が気を付けていても、そして事実、パワハラと指摘されるような言動を一切しなかったとしても、自分に対して不平不満を持つ部下が、パワハラと言えば、仮に冤罪であったとしても、パワハラ容疑者になってしまう。結局パワハラなど何もなかった、という結論になったとしても、パワハラ容疑者というレッテルは付きまとう。これはあまりに分の悪い話ですが、何らかのペナルティーなどが無い場合には、甘受しなければならないのではないでしょうか。
このように、パワハラ加害者容疑をかけることで、管理職であるあなたにメンタル面で苦痛を与えることを目的にする部下が許容されてしまう余地があることをあえて認識しておくことは大切かと思います。
なお、パワハラ申告者からの聞き取りの際に、申告者の指摘に具体的事実がなく、暴言を吐かれた、とか、誹謗中傷された、侮辱された、などといった抽象的な内容に終始する場合は、具体的にな事実関係を、一つでも二つでも、聞き出す作業が重要になりますが、この過程で申告者がいわゆる逆ギレをする場合もあります。おそらくは具体的な事実が無く、ただ上司憎し、パワハラで処分されればいい、という思いだけで申告をした可能性が考えられます。
適切な対応と判断のもとでは、身に覚えのないパワハラ容疑で何らかの処分がなされることは無いと思いますが、仮に処分が無いとしても、容疑者としてのレッテルに悩まされることは避けられません。むしろ、パワハラ加害者容疑は、難しい部下を抱えているバロメーターと開き直る図太さも必要かもしれません。
もちろん、明らかにパワハラ行為を認識しながら開き直ることは、自分の首を絞めることになります。バランス感覚が大切ではないでしょうか。
最後に、残念ながら管理職に対するパワハラ容疑がリストラの手段として利用されるケースが散見されます。このケースの見極めは、人事がパワハラ容疑者となった管理職に対して、懲戒処分ありきでパワハラの存在を前提に話をするかどうか、です。しかもここで、退職勧奨にまで踏み込んで来れば、もうこれは冤罪のパワハラをきっかけにしたリストラであることはほぼ確定です。この段階で、この問題はパワハラの問題ではなく、自分に対するリストラ、退職勧奨の問題として、はっきりと頭を切り替える必要があります。ですので、この段階で「パワハラなどしていない」という主張は無意味なのです。パワハラの指摘は、あなたを退職させるための根拠のない方便に過ぎないからです。
具体的なケースへの対応については、ご相談メールをお送り下さい(「パワハラ相談窓口」のページへのリンク)。